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時差ボケ 眠れん

昨日帰国して何時もどうりに夜寝ることが出来て、時差ボケは無いものだと思っていた
ところが年を取ったせいか、時差ボケが1日遅れてやってきた、朝の4時でもちっとも眠くない
体はまだイギリスにいるようだイギリスだと今夕方7時くらいか、ほんと眠くない仕方がないので気合いで今日1日起きていて夜子供と一緒に早く寝てしまうしかなさそうだ。
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(これはイギリスの帝国博物館にあるヤークトパンターの転輪のアップ)
でそんなこんなで今回の博物館巡りで昔のことを思い出したので書いてみたいと思う。
子供の頃から戦車、戦艦、飛行機とプラモデルを作りまくったが なけなしの小遣いで買うプラモデルは特に部品点数の多い戦艦と戦車を買うことが多かった(ヒコーキは一瞬で組み上がるので当時は買わずペパークラフトで製作していた)色塗りは豆ラッカー買う金がなくて、無理矢理桜絵の具を薄めず塗りつけていた。私にとってこれら戦争兵器ははプラモデルか図鑑の写真でしか見たことが無く、現存する兵器でもSF感覚というか絵空事の様にタダかっこよく軽く見ていて恐ろしく現実からかけ離れた特別なものとして感じていた。それが変わったのは今から12年ほど前にアメリカのワシントンから少し離れたアバディーンの戦車置き場に物見遊山に行ったときのことだ、今までプラモでしか触ったことのない憧れの戦車に乗りこんだり
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キャタピラの重さを実感したりして興奮していた、
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確か3号戦車の中に入り込んだときだと思う
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戦車車内に取り付けてある換気扇みたいなものにふと目がいった。そこには確かBOSHだかの見慣れた電化製品の会社名のタグがついていた。「そうか兵器でもメーカー名はつけるのか」そこで他にもそんな物がない物か探してみるとあった、
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4号戦車の転輪のゴムにCONTINENTALとか
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パンターの転輪にMezzlerなどと刻印されている(いずれも現在もあるタイヤメーカーだ)、を見つけた。兵器と言えどもあくまで普通の工業製品なのだ(当たり前と言えば当たりまえだが例えば今使っているノートパソコンにPanasonicのロゴがあるように)つまり今で言うデジカメや乗用車と何ら変わらないものだと言うことに気づかされた。その後小笠原の父島でひっくり返ったアベンジャーのボルトを見てさらに確信した、
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海辺に墜ちて60年間経ってもランディングギヤフォークのパイプがピカピカしているアメリカ製のアベンジャーのボルトは
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1本起きぐらいににボルトの頭に刻印されているマークが違う(いろんなネジ会社の営業さんが我が社のボルト買ってくれと政府に売り込み来て各社採用したわけだニャア)同じ規格のボルトでも品質はまちまちで、ある会社マークのボルトは60年以上潮風にさらされていても全く錆びておらず、又ある会社のボルトは錆びサビだった。その昔日本軍の機体もあったようだが自然に優しいので土に帰ったと島の人が語ってくれた、ちなみに野砲はいくつも錆びずに残っている(おっと話がそれた)、で何に気づいたかっていうと、兵器もテレビや携帯なんかと同じ商品、買った物である以上、売った側が儲かっているわけだと言うことが改めて解ったのである。(そんなの当たり前じゃんと言われればそれまでだが、私はそのことにそれまで全く気がついていなかったのである)
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なんてカール列車砲の上にまたがっている時差ボケお馬鹿の思い出与太話だにゃあ。
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これは4号戦車の砲塔ガードに空いていた銃弾跡 おー怖っ
でいま朝の6時前でおそろしく眠くなって来たんですけど、今寝たら駄目だあ
Commented by 野末 at 2007-01-30 11:16 x
こりゃまたずいぶんとオタッキーな写真ですね。その昔(中学生の頃)僕は飛行機のプラモ専門でした。でもなぜか戦車と軍艦は作らなかったです。浜松で一番大きな模型店主催のプラモコンテストで優勝した時の賞品ででっかい大和を頂きましたが、その場でお金にしてもらったくらいでした。もちろんそのお金で、塗料とか、筆とか、色々買ってきましたけど。
としちゃんは昔からいろいろなとこに見学に行ってるんですね。羨ましい!
Commented by としちゃん at 2007-01-30 16:20 x
野末さんの育ったところなら、自然に飛行機が主流になりそうですね、この前の遠征の時は空自の訓練飛行は行われていなかったのですが、住んでいれば様々な戦闘機が空を飛ぶのは当たり前の風景ですよね。私の所はYS-11かセスナか農薬散布のヘリくらいしか飛び物がありませんでした。道を歩いていてYSー11の着陸進入を見ると着陸寸前に木で隠れて見えなくなるまで眺めていたものです。
Commented by 北尾 at 2007-01-31 17:18 x
お久しぶりです。
通り一遍の博物館レポートとは違う視点の、素敵な写真をたくさん見せて頂いて幸せでした。
前大戦の兵器の部品のメーカーに気が付くなんてとしちゃんの鋭い見え方の秘密を教えてもらえたようで楽しかったです。

僕も博物館や博覧会で何度か大戦の実機を見てたり手に触れたりして、機体表面の意外なほどの仕上げの粗さやジュラルミンのシワを見て「へえ、これが実機というものか」と感心はしたのですが、それが実際に空を飛んでいたものとはどうしても感じられない妙な違和感を覚えていました。
ところが博物館から一歩出て、博物館の庭に野ざらしで置かれている練習機のメンターなんかを見ると、まさしく本物の飛行機を見たというライブな感じがビシビシとくるのです。
なら野ざらしなら実機感があるのかと思うと、船の博物館に展示されていた2式大艇は何度みても本物そっくりに作られた子供用の遊具のように見えて仕方ありませんでした。

すみません続きます。
Commented by 北尾 at 2007-01-31 17:20 x
それが実際のその物ズバリの本物に間違い無いはずなのに「物」の生命のようなものでしょうか、そんな何かが抜け落ちているようで、例えばタヌキの剥製を見せられてタヌキを知らなければならないような、どうにも昂揚できない、少ししょぼくれた自分がいました。
それが今回のとしちゃんの「兵器に隠れたブランドの発見」という記事を読ませて頂いたお陰で、一見生命を失ったように見える「物」のどんな所に未だ死にきらない存在凄みを見い出すのか、その方法を教えられました。

僕がこれまでの経験の中で最もライブに前の戦争を感じた残骸は、大阪と和歌山の境の海上に浮かぶ友ケ島の海上砲台の遺構群でした。今では崩落の危険があって遺構全てが立ち入り禁止になっているようなのですが、以前に地下の通路を通ってペトンで固められた砲台に出た途端、砲は撤去されて跡形もないのに関わらず、その場所の空気が戦時そのままのように緊迫していて、震えるような思いに駆られた覚えがあります。
そしてそのすぐ近くに丸い屋根を半分地中に埋めたトーチカの悲しくなるほどに薄い鉄板の厚み。

すみませんすみませんまだ続きます。
Commented by 北尾 at 2007-01-31 17:20 x
激戦場では無かったあの場所に何故60年もまえの空気が残っていたのかは解りませんが、それは博物館の前のメンターと同じライブな存在でした。
すみません、だらだら長くなってしまいました。

としちゃん。
ロンドンの博物館にはまだ全然死んでない、すごい飛行機はありましたか?
Commented by としちゃん at 2007-01-31 20:48 x
北尾さんお久しぶりです
そうですね、たしかに綺麗にペイントされてオイルが抜かれたマシンは魂の抜けた物に感じやすいです、どちらかというと朽ちた状態のほうが物の凄みや年月を感じやすいですね。ただ綺麗にペイントしているはずの機体のどこかにマスキング漏れがあったりちょっとした手直しの手塗りの跡が見つけられると、そこに人の関わりが感じられる事があります。
思うに私の妄想屋的見方にすぎませんが、綺麗にマシン加工された部分より、その綺麗に整形された工業部分を人の手でつないだ事が身近に感じられる場所に、人が関わった手がかりを認め。その飛行機が人の手によって生まれ飛んでいた部分を感じます。続く
Commented by としちゃん at 2007-01-31 21:00 x
あー、この部分のワイヤーをペンチでひねって止めたんだなとか。鋳物で鋳造されたエンジンブロックのバリを職工がヤスリで削ったとおぼしき場所などをみると、その作業している職工さんを想像してみます。そういった妄想アプローチで機体を眺めると、イギリスの博物館で間近に見ることが出来る機体はどれも飛んでいたことを感じさせてくれます。タダ真に死んでいないもの、理屈なしの迫力がある全く死んでいない機体はやはり帝国戦争博物館分室のダックスフォードかシャトルワースコレクションなどにいけば見ることが出来ると期待していますので、なんとかフライトショーに合わせ出かけてみたい物です。続く
Commented by 妄想としちゃん at 2007-01-31 21:03 x
あと戦争の遺構では凄い場所としては日本では父島が上げられます、海水浴している所から岸壁にうがった銃眼やトーチカが見え中にはそのまま大砲が残っている場所すらあります大砲のある場所まで行きトーチカから入り江を望んでみるとトーチカの空いている銃眼の広さから、入り江全体をしっかり覆う射角が確保された様子も伺え。ココが戦うために作られたことを実感できます。あとあるトーチカの近くには炊事班の宿舎跡もあり竈も残っていますし、古いビール瓶すら残っています。そういった生活物をみると余りにも自分の現在の生活に近い部分であるため益々妄想に拍車がかかり背筋が寒くなりますね。
Commented by mayoneko at 2007-01-31 21:42
そうそう、もう変態の領域かもしれませんが、昔の縄文人とかの骨を見るときに虫歯の大穴や折れた骨がくっついたあととか見つけると、痛かったろーなーとか、こんな大穴空いた虫歯どうしてたんだろとか想像しています。ニャハハ
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by mayoneko | 2007-01-30 04:35 | よもやま | Comments(9)

飛ぶって、楽しいニャー


by mayoneko
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